生産技術開発論之概略

先進的国家戦略 ― 自負を持て、智を傾けよ ―

今日本の製造業は、とてつもなく大きな宿題に直面しています。 世界各国との相互依存関係を維持しながら、どうやって国益に直結している製造業分野の更なる発展を成し遂げるかという課題です。 21世紀の世界では、各国との相互依存関係を構築することが最も重要な「国家戦略的視点」であるといわれています。 また同時に、自由資本経済、民主主義という先進欧米諸国の価値観から生まれたグローバリズムという時代の流れの中で、日本という国家のコア・コンピタンスを発揮し、厳しい生存競争社会で勝ち残らなければならないという命題を負っています。 政治のリーダーシップがゼロで、経済力も三流以下と国際的にランク付けされている日本にとって、単に「国際社会との共生」のお題目ばかりを唱えても、全人類が平和で豊かに生き残れるほど地球という環境は甘くはありません。

国家戦略となり得る提案は何であろうか。 ヒト、カネ、モノ、情報が国境を越えて行き交う今日において、日本が他国から相互依存関係をもって信頼される源泉とは一体何なのか、それをじっくりと考えてみましょう。 20世紀の中頃、日本の製造業は戦勝国である米国との緊密な同盟関係のお陰で実力をつけたのです。 日本を西側最強の経済大国の地位にまで高めました。 GDP世界二位。日本がこれまでに手にすることが出来た最高位です。 明治維新によって封建制から議会制へ移行し、殖産・富国政策を掲げ西洋から先進技術を積極的に導入したことが功を奏しました。 アジアの弱小後進国日本を当時の大国ロシアを負かす(日露戦争1905年)、国勢にまで伸し上げたのです。 この二つの歴史的足跡は、いずれも欧米列強諸国を刮目させ、産業革命以降の世界史上においては類を見ない奇跡的偉業と評価されています。 特に、第二次大戦後の壊滅的荒廃から立ち上がり、世界最大の米国市場においてあらゆる工業製品分野を総なめにした「Made in Japan」ブランド製品は、 日本株式会社の護送船団市場戦略として、世界中の競合産業分野から畏敬と同時に恐怖の念を抱かれるまでになったものです。

世の中の平静が保たれる環境において地道な努力をコツコツと積み上げ、それをとてつもないレベルに積み上げる日本人の能力は抜群です。 前述の二つの奇跡的事実は、いずれも日本人の農耕的民族文明として、狩猟・騎馬民族の文明とは一線を画し、永年に渡って伝承されてきた土壌に起因するものなのでしょう。 我々は、このモノ作り分野におけるDNAを「Japanityモノ作り戦略」と位置づけて、21世紀における「日本のコア・コンピテンス」として再び大きく開花させることを目標に掲げています。 日本人はとかく外圧ばかりに気を取られ、この自らに内在する生産技術開発力という一歩一歩地道に築き上げる農耕民族の底力を過小評価する傾向があります。 他方、先進科学技術を自ら開発する素養は欧米に比べると明らかに見劣りするようです。
古代より現代文明に至る人類進化の基礎技術は、素材からシステムインテグレーションに至るまで全て、国家的権力による軍事目的、その関連ニーズから生まれています。 即ち、いかに多くの外敵を効率よく殺せるかの技術開発に最大のニーズがあり、そこへ莫大な物的、人的資源を投入してきた結果なされたものばかりです。
超大国覇権国家、米国では、多くの際立って優れた才能を持つ人材を、その目的達成のために世界中から狩り出して来ました。 これは、軍事、国土、資源、金融すべてを一手に握る米国ならではの国家戦略です。 しかし日本島国で外敵を比較的意識しなくて良い環境にあったことから、1000年以上もの間、最大の関心は専ら自然環境変動の脅威の方に向いていたと言えるのかもしれません。
GDP世界二位の絶大な経済力をバックに多大な資金を投入して、いくつかノーベル賞を獲得した実績はあるものの、投資した資金に対するアウトプットのバランスシートではとても国益としてその貢献を評価できる状況には至っておりません。 ここの所の認識が、国家的戦略の方向を選択、集中させる上での重要な分岐点となることを忘れてはなりません。 冷戦終結以後、独断専制的な米国主義で脚色された現代の世界システムは、大きな自己矛盾を孕んで成長、肥大してきました。 最も大きな矛盾は、具体的な競合相手の居なくなった覇権国家の先進技術開発体制が対決の場面を失ったことでしょう、 実体を伴わないバーチャルな分野で、経済システムに乗っかっている人達との連携により暴走した結果が、 今世界中で生じている諸々の国際的金融危機と言われている問題の本質なのです。 日本もこの一連の世界的な暴走社会から逃れる術を持たず、折角モノ作りニッポンのテクノロジスト達の総力によって、 40年もの歳月を掛けて築きあげた戦後日本の大切な身代を、僅か10年の間に潰してしまい、日本を再び20世紀最大の失敗国家に逆戻りさせてしまったのです。 いわゆるバブル経済という実効性のない諸々雑多な着色添加物を大量に混ぜ込んでしまった現実世界を健全の軌道に復するのは容易なことではありません。
これらの問題を日本の政治家、経済人レベルの乏しい発想力では根本的に解消することは不可能でしょう。 身勝手な欧米の経済理論が原因で産み出されてしまった社会システムの混沌は、物事の本質的「原因-結果」分析の出来ていない経済人によっては、 決して収斂することのない現象であることは数学理論を持ち出すまでもなく明らかです。 一方、Engineering Science という学術的アプローチで経験的要素を論理的に攻めて統合化しようとする試みは、大学等で永年精力的に行なわれてきましたが、 過去の情報を整理するところに精力の大半を費やしており、社会が期待する新しいイノベーションの創生に果してどれ程の期待が持てるでしょうか。 今世界中で共通に求められているのは、人間が意図的に作り上げた(デッチ上げ)経済理論に依らない新しい価値哲学と実体の伴った生産技術イノベーションの創出です。 日本の場合には、モノ作りに分野における生産技術イノベーションにおいて、世界的な貢献のチャンスがあります。特に国家的戦略という視点では、生産技術開発の出来る人材育成が重要です。 国民一人一人を幸せにし、延いては国を豊かにする道です。工業ばかりでなく、食料確保においてすら生産技術開発が必要になってきています。 タイムリミットが迫り、一刻も早く成果を出すとなれば製造業の抜本的生産技術開発が最もリスクが小さく、過去から連なる実績もあり、国民一人一人に職(食)を与える具体的な成果が目に見えている資源投入先なのです。
かって人類がそれぞれの時代に苦境を脱してきたのは、常に生産性の向上という実体のある工学イノベーションであったのです。 そして最後に付け加えたい重要な事は、いくらヒト、モノ、カネ、情報が国際間で行き交うグローバル時代にあっても、「核心的生産技術」は、決して自由には行き交うことはないのです。 それが国境のある多様性国際社会において、国家主権に委ねられた基本原則であります。 折角大切な経営資源(人材)を投入して獲得した技術的成果は、大事に維持保全管理し、伝承して更に進化させて行くのが各々のテクノロジストの使命です。 日本から諸々の末端製造業が海外へ流出し、人々は職(食)を失い国内では製造業が成り立たない等と喧伝する論者もいますが、それはテクノロジーによるイノベーションを発想できず、お金の物差しで物事の軽重を測ることしかしない人の早計な認識です。 新しい価値哲学は、ずっと先までの持続的な発展を求めています。そしてそこには必ず、伝承という過程が必要です。
イノベーションは、未だ理論から生まれる状況にはありません。 イノベーションは、地道な日々の積み重ねから生まれます。今こそ、それぞれの製造現場で新しい種を蒔き、それを育てる農耕的プロセスが必須なのです。 お金の力でイノベーションが生まれるものでもありません。イノベーションによって富がもたらされ、経済が潤うのです。 この原因と結果を取り違える人が多いのが、文明後退の無駄を引き起こす誤りの元なのでしょう。 資源に恵まれない島国国家日本が世界と対等に相互依存関係を構築するには、ありふれた素材を種にして、それを様々に駆使して高機能、高付加価値の日本でしか作ることの出来ない製品を次々に生み出すテクノロジーのイノベーションの醸成が不可欠です。 我々にとって最も有効な生き残り国家戦略の基軸であると私は確信しています。