「コンプライアンス経営は輸出管理から」

リスクマネージメントとして見た輸出管理
中村サブラヒ・テクノロジスト事務所
所長 技術士(化学部門) 中村博昭

今、世界中いたるところで経営者には企業の社会的責任、即ち「CSR」が求められている。経営者の責任が今ほど重く、又その仕事が難しい時代は無いのではないか。 そして経営にとって最も重要なのは、自らを律する倫理観であると言われている。「企業は社会の公器」、「いざという時にはクビを差し出す覚悟で取り組む」というトップ発言をたびたび耳にする。 しかし、堂々と公言する割には精神論の域を出ず、世の中の現実はそれほど甘いものではない。 昨今の世の中で発生している企業や団体の不祥事がなんと多いことだろう。 このことはCSR経営の難しさを如実に物語っており、もっと現実を直視する本質的なシステムとして機能の充実が求められるところである。 本稿では、非常に間口が広く奥行きのあるCSR経営の全容を論ずることはとてもできないので、CSR経営の基本である法令遵守(コンプライアンス)という視点から安全保障輸出管理コンプライアンスという切り口で、 コンプライアンス経営の本質がどこにあるのか、どのような強化策が考えられるのかについての小論を提案するものとする。 因みに、本稿は筆者が企業にて10年近く担当してきた安全保障輸出管理の実務現場で見聞きした知見をベースにまとめたものであることを予めお断りしておきたい。

1.日本の安全保障輸出管理の原点は、ココム違反事件にある。

先ず最初に「安全保障輸出管理とは何か」という説明が必要であると思われる。 日本人社会において一般にはまだなじみの薄い事柄ではあるが、安全保障とは、資本主義国家陣営の安全保障という意味で、 個々の企業や個人レベルでの問題とは比べ物にならない国家の威信にも係わる非常に重たい意味を持っている。 まだ米ソの冷戦が続いていた頃の1980年代のことであるが、世の中で「東芝機械のココム違反不正輸出事件(注1)」 と呼ばれている前代未聞の国家的な不祥事が日本を主犯とし、フランス、ノルウェーを巻き込んで大々的に行われ、それが当事者からの内部告発によって発覚する事件が起きた。 当時の日本社会は、俗にエコノミックアニマルと言われたほど経済一辺倒の高度成長華やかかりし時代で、安全保障という概念は一部の特別な専門的立場の人たちを除けば、一般にはその重大性がほとんど見えていなかった。
(注1) 東芝機械のココム違反不正輸出事件:日本の大型工作機械メーカー「東芝機械」が、対共産圏輸出統制委員会(ココム)規則に違反して、大型船舶用スクリューの表面加工用工作機械とコンピューターソフトプログラムをソ連に不正輸出した事件
ココム(COCOM)とは対共産圏輸出統制委員会(Coordinating Committee for Multilateral Export Control) の英文略称であって、NATO加盟国(アイスランドを除く)と日本、オーストラリアの十七カ国で構成され、委員会本部をパリのアメリカ合衆国大使館の別館に置いていた。 この委員会における秘密協定で作成されたものがいわゆるココム品目リストで、資本主義国家安全保障の観点から東側陣営への輸出が非常に厳しく規制されていた。 ココム品目リストの具体的な内容は公表されていないが、兵器、原子力関連機器などのほか、軍事に転用される恐れのある機械、化学品、金属など200品目近くが規制品として定められており、その内容は情勢の変化によってその都度見直されてきたそうである。
我が国の法令では、当時の日本国通商産業省輸出貿易管理令(以下輸出貿易管理令と略す)によって規制品目が規定され、それらを海外へ輸出するには所定の申請書類(輸出許可申請書)を提出して、通商産業省(以下通産省と略す)の認可を受け、しかるのちに所轄の税関検査を受けなくてはならない仕組みになっていた。 通産省本省の認可がないと税関は検査を受理しない。これらの手続きを経ないで、当該物品を国外に持ち出すと外為法違反となる。 これらの許認可を受けるための申請書には、輸出しようとする貨物の正確な技術仕様、特性その他の必要事項を明記しないと「虚偽の申告」となり、また記載事項と異なる物品を輸出すれば、これも当然、外為法違反となる。
これだけ厳しい手続きと審査の仕組みがあるのであれば違反など起こるはずがない、と大方の人は考えるであろう。 それがコンプライアンス上の大きな間違いの元なのである。 今振り返って考えると、当時の日本はココムに加盟し厳しい国内法規も定めてはいたが、それは対外的なお題目だけで、一般社会への浸透はほとんどゼロに等しかったのである。 一般社会が規定を認知しなければ、社会システムとしてコンプライアンス以前の問題と言わざるを得ない。
今わたしの手元に当該案件に関する内部告発を行った人物の告白手記がある。 さすがに永年モスクワに駐在し日本貿易立国最前線の一翼としてソ連向け輸出を担ってきたプロの手口は、常人の想像をはるかに超えていた。
大方の人が見たこともない規制法規のスミからスミまで精通し、裏契約とサイドレター、マスキング、ハンドキャリー、ブレークダウンやダミー会社、第三国経由などありとあらゆる手法を駆使していた。 更に、これらの不正を取り締まる側である日本国司法当局、通産省、税関や受入国であるソ連貿易公団、その上に密着している国家保安委員会(KGB)等の組織構造や行動パターンまでを周到に読みつくしている。 正にこの事件が、その道の兵たちによる確信犯罪であったことがこの資料からはっきりと読み取れる。 しかも、表面的な手続き書類審査や、形式的な税関での梱包検査などでバレた事など一度もないと豪語している。
本件が、犯罪当事者本人による内部告発という前例のない気骨ある行動(筆者は、コンプライアンス経営という立場から敢えてこのように呼びたい)によって表ざたになった際に、 「米国による日本バッシングではないか」とか「女性問題に端を発した一社員の逆恨みである」などという全く事態の本質を理解できなかった当時の文化人や学者等によるコメントがマスコミ報道として大々的に世の中に流布されていた。 我が国が自由主義陣営に対して犯してしまった国際犯罪に対して、日本の担当監督官庁である当の通産省は、思いもよらぬ内部告発により不意を衝かれてしまった戸惑いと自己の組織内における複雑な責任問題の絡みもあって、 当初は「違反の事実は無い」などと主張し何とかもみ消そうとあがいたようである。 しかし、動かぬ証拠を突きつけられてのアメリカ合衆国の大きな外力には抗す術も無く、事実を認めざるを得なかったのであった。 そしてここでもっと重要なことは、本件が明るみに出るまでの日本においては、「東芝機械のココム違反不正輸出事件」と同類の違法輸出が対共産圏諸国に対して、日本中遍く行われていたという事実なのである。 東芝機械という一企業が犯した犯罪に限定されるものであるなら、一大事件ではあるが、今ここで論議する意味はない。 一つの事件の背後にあるもっと大きな社会のリスクを黙って見過ごすことができなかった当事者の良心が、内部告発という前例の無い行動につながったと考えるべきである。
いわゆる日本株式会社では、企業の不祥事を公表しないという永年に及ぶ古い風土があり、多くの人々が事実を知らされないままに済ませてしまっていたが、最早これは国際社会ではとても通用しないことである。 世界市場を目指している企業にとっては、全ての活動の透明性が求められているため、その存続さえ左右しかねない重大リスクがまさに輸出管理コンプライアンスに潜んでいるわけである。 私たちがこのことをどこまで深刻に受け止め、過去を反省して適切な対策を考えることができるかが、今後進めていこうとするコンプライアンス経営即ちCSRの原点であると私は考えるのであり、拙稿のタイトルの意味も正にそこにある。 輸出管理の場合は、国境における税関というシステムがあり、大小を問わず全ての手続きが記録として残る。 また提供された貨物が製品である場合には、全てメーカーの銘板と型式、製造ロットナンバーが動かぬ物的証拠としてついて回るため、後で違法が発覚してもごまかす事などできるはずがない。 輸出管理にかかわるリスクは、避けたり、ごまかしたり、隠したりするものでもなく、つべこべ言わず積極的に取り組んで公明正大に対応、処理するべきものであるという認識は、冷静な経営者であれば容易に到達できる当然な結論である。

進む